2008年10月 / 09月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11月

背表紙

2008.09.13 (Sat)

そんなに遠くもない昔、私は彼と毎日を過ごした。

高円寺の空は何故か、いつでも低く、晴れ渡っていてもどこか陰りのある
そんな空をしていた。

朝、起きて、薬の数を数える。悪い夢を見た、と彼はよく言った。

晴れると毎朝、同じ頃に裏口から猫がやってくる。
臆病者だったその猫は自分の親など知らず家もなく、この世に急に現れたかの如く
「孤独」な存在感を放っていた。

私は彼に似ていると思っていたが、彼は、私に似ていると言った。

彼の頭脳はずば抜けて良く、それはもう、世間的にも評価される価値のある物だったが
自分より頭の良い人間を初めて見た、と、いつも私を賞賛した。前よりも少なくなってきた
薬の数を数えて
「…少し増やす?」という言葉を、賞賛の返事に当てると本当にケタケタと、良く笑った。

この人は、賢すぎるから生き辛く感じるだけで、誰と比べても劣らない、
会話もとてもスマートでいて愛情に満ち溢れ、だからとても、他人よりも寂しかったり
悲しかったりするだけで、どこも壊れてなどいない、と、私は思っていた。思えていた。

ユニットバスで、私がシャワーを浴びている間、シャワーカーテンで仕切られた
向こう側にあるトイレに座って、鏡越しに見える私と話をするのを彼は愛した。
私の肌に描かれた模様が水に還ったようで、とても美しいのだと言った。

毎日毎日、私が見た夢の話を聞きたがったり、私の今、その瞬間に考えている事を探り
今まで生きて来た中で、こんなにも私に興味のある人は、きっと、この人が最初であり
最後だったに違いないと、今でも感じる。
たとえ、それが、途中で途切れた愛でも。

時にうざったく感じる事も、きっと、愛すればこそ、で、私はいつも、孤独を感じずに済んだ。

あんなに低い高円寺の空でも、夜は見違える様に遠く感じ、星もよく見えて
カーテンを開け、月明かりだけで言葉を交わし、いつの間にか、どちらともなく、眠る日々。

求めなくても用意されている物と、足りずに欲する事のどちらが幸せなのかが、
目覚めて隣にいる人に抱く課題であり、それはもう、日課になってしまうほどに。

俺はあなたになりたい、あなたという人間に憧れる、と迄、彼は言った。
私は、ごく普通の、差し当たってコレと言う物ももたない人間なのに、私の事を自分にとって
一番の理解者だと呼び、世界で一番愛すべき女性(ひと)だ、と、呼んだ。


ゴミ捨てに行くだけで気づけばいない私の事を不安がって裸足で追いかけてきたり
買い物の帰り道、私がいなくなってしまいそうな気がする、と急に抱きしめられたり
ヘッドフォンを片方ずつ使ったり、宇宙の話をしてみたり、神話を話してくれたり
二人の、これから先を、夢みたり。

この先、二人がうまくいかない事があるとすれば、それは誰かや何かに阻害される時だろう。

そして、その、障害を乗り越えられたら、きっとお互いが、死ぬ迄、同じ様な日々を過ごす
と思い描いていた。それはそれで、幸せな気もしたし、感情面では穏やかなんだろう、と。

退屈で、でも満たされた、毎日。

そんな日々は、ある夜、急に終わりを迎え、もう二度と来なかった。来なくなってしまった。

少しだけ離れた間の夜、私は重大なメールを見落とした。彼は、あの精神状態で
私達の仲を、許して貰おうとした。答えは「NO」

あのメールに気づきさえすれば、何かを、変えられた。
一緒にいた時間の中で、あんなにも二人の気持ちに距離を感じた事はなかったし
日々、あまりに近くにいすぎて、その答えが自分の思いと逸脱しすぎる答えを導き出す
のだとは、思いもしなかった。

私達の仲を引き裂かれる苦痛は、彼にとって、生きたまま業火に焼かれた方が
マシな程に、耐え難かったはずだ。

そして、彼は、誰にも、私以外に、その時抱いた感情を、知られたくなかった。
現に、私に届いたあの時のメールは、送信後、それ一通のみ、彼の手で自身の携帯の
履歴から削除されていた。

私は、何をしていいのか、何を考えればいいのか、よく解らず、人はその時に選んだ道で
すべてが決まってしまうのだという事、そこまで時間を戻して欲しいとお願いしても
時間はさかのぼる事はないという事、巻き戻せないから「この先」で塗り替える時間が
人にはあるのだという事、頭では解っていても心が理解しない事、人生という本の背表紙は
火葬場の扉ほどに重たくて分厚い物であるという事、そして、あなたは私にはなれない
という事実、だから憧れがあったのだという事、私を賢く思ったのは私にはそういう
形の歪んだ勇気を持ち合わせないところ、それでも私は生き方を探せるだろう、と
知っていたところ。


私は一人ぼっちになってしまってから

「あの子の全部を解ったなんて、思わないで!」

と言う、最期にしてきつい言葉までを頂戴し、その言葉を機に、私達の夏は幕を閉じた。

帰りの浜松から家までの電車の中で、はじめて「絶望感」というのを、味わった。
言葉が出ない代わりに、唾液の量が増えた。

何か、とても、大きな、人にとって重大な事があったとしても、街は動く。
その日に生まれる命もあれば、普通に会社に出勤する人、そして私はどうしようもなかった。

それから、彼のいなくなった高円寺のあの部屋には、二度程、猫が顔をだし
「彼はもういないよ」と告げると、一度目は中を覗き、いつものようにコンクリートに寝転び
暫く私と共に緩い風に吹かれ、二度目には目を細め私を見てから、パッタリと姿を消した。

私は、日々、時間の感覚もよく解らず、酷い喪失感と、そんな時に抱かなくてもいいはずの
きつい言葉で感じる痛み、死しても尚、許される事はないであろう関係に無力さを味わい
笑ったり、泣いたりした。

いつまでここにいようか、と考えていたら、宅急便屋がきた。
「ご本人様から、ご本人様あてです。指定日過ぎてしまいましたが、ご不在だったので」
宅急便屋は、そう言った。14日には部屋に戻るといっていた。

私は廊下で、動けなくなってしまった。途方に暮れる、とは、ああいう事だ。

そして、数日後、私もあの部屋から姿を消した。あれから、もう、高円寺の駅で
下車する事もなく、買い物で歩いた道も、低い空も、あれっきり、見ていない。

東京の中で一番好きで、一番嫌いな場所。

新しい人と新しい命を生み出し、その新しい人は、あなたを忘れろとは、言わなかった。
今年も夕食の最中に「3人で会いに行かなきゃな」と、言った。
あなたのいとこは、あの頃、高校の制服を着ていたが、今年、結婚するらしい。

何事もなかったかの様に街は動き、時間は時を刻み、私たちは歳を重ね、
買い物に向かう車の中、助手席に差し込む夕日は、あの日、手をつないだ夕暮れの色に
よく似ていて、周りからみれば「微笑ましい家族」

人は何の傷も、持たないかの様に。
まるで人生には、悲しみがひとつもないかの様に、娘は笑う。

そういう九月。そういう、何年か前の今日の日。


テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

19:11  |  詩・エッセイ  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

サクヤの涙。

2008.02.06 (Wed)

赤ちゃんとおでかけ
※文末最下部に赤ちゃんとお出かけ情報があります。見逃さないでね☆
尚、本文自体は赤ちゃんとは何の関係もありません(笑)

=========
例えば誰かと桜の花を観ている時。
相手を愛すれば愛する程、それを観ながら何を想うのか問うてみたくなる。
人が想うのはいつも、過去であり、現在。
誰かの想いは、誰の介在も、得ず。そこに舞い散るサクヤの涙も、また。


確かあれは4年前の夏。
仕事の打ち合わせでフォーシーズンズホテル椿山荘東京へ出向いた時の事。
椿山荘まで続く道の緩やかなスロープは長く、東京にもこんなに綺麗な場所が
あるんだ、なんて初めて知った。

あの頃は「あの人」と一緒に暮らしていたのだけれど、「あの人」は生きる事に
半ば疲れており私は、それを、『若気の至り』として黙認していた。
私たちはまだ、人生の折り返し地点にも立っておらず、若さとして悩みは
降り積もるものの、成し得ていない何かも沢山あった。

椿山荘にあるラウンジ「ル・ジャルダン」で先方と落ち合い、時間も押して
日本料理の「みゆき」へ流れた。こんな素敵な場所があるのですね、と私が
言うと、先方は春になったらまた大切な人と来るといいよ、春と秋は色づいて
本当に綺麗だから、と言った。

前日から明日の打ち合わせ場所を聞かされていた「あの人」はなかなか戻らない
私に気が気ではなかったらしく、何度も、何度も、私の携帯を鳴らした。

私たちは。
私たちの恋は私の生い立ちが原因で「あの人」の親に結婚を猛反対される
運命にあった。「あの人」はレールに敷かれた自分の人生を恨み、それでも我を
押し殺す事で自信さえ無くし、いつも不安定で、泣きそうな顔をする。

それでも9月に、一度だけ親元へ戻る用事が出来−それは私のいない間に内密に
行われた−急にいなくなってしまい心配していた私の元への着信で
「今度は必ず親を説得するから」なんて、珍しく息をまいている「あの人」がいた。
私はそれには答えずに笑ったまま

来年になったら。来年は椿山荘へお花見へいきましょう。

と一言いった。「あの人」の言葉尻に漏れる焦燥感が私を、不安にさせたから。


それから数日後、親族から連絡を頂き、「あの人」はもう東京には戻らない
と言う。わけのわからぬまま電話を置いた数日後今度は、こちらへ来て欲しい
と言う。向かった先で目にした物は、文字通り、変わり果ててしまったあの人の
姿だった。

今でこそ回復している物の、季節はゆっくりと秋へ翳り、その一件で私は
ショックによる心因性の一色型色盲と診断された。私の世界はモノトーンとなり
デザインの仕事も、もう出来なくなってしまった。
世界は、そんな事があっても色を変え、何も変わらずに朝を迎えるというのに。

翌年、何も考えられないまま、一人で椿山荘へ出向いた。
桜の花が風で舞う木の下で、何の感動もないまま泣きもせず、色の無い桜を
眺めた。色の干渉が溢れるこの世界で、色の無い桜をみるなんて一生の中の
最初で最後だろうと思う。

あんな事を一度経験し、あんな姿をこの目で見てしまうと、悩んで死にたい等と
思う事がどれ程に残酷な事であるのか良く解り、同時に、それまで少しでも
死んでしまった方が楽、等と思っていた事を恐ろしく感じる。
私は生きたい、生きなければ、必死でそう思ってそれから一年後、今の人と
結婚した。

酷いとは思わない。
そんなに好きなら一緒に逃げるという方法もあったはずだ。でも、それを
「あの人」はしなかった。私に生だけを残して。
だから、私は、生きる事を選んだ。それが供養にもなるはずだから。


桜の花は、日本神話でコノハナサクヤが初めに種をまいたとされる。
サクヤの夫であるニニギは天地の賑わいの神として称され、サクヤへ求婚を
申し込んだ際、サクヤの姉である永遠の象徴イワナガと共に贈られるのだが
あいにくイワナガは器量が悪く、ニニギはサクヤだけを嫁とした。
サクヤには花が咲くように豊かな大地を、イワナガには永遠の命を預け
ニニギの元へ贈ったのにその無礼さに親は怒り、花は咲けども其方は短命で
あるだろう、と言い、やがてニニギの子を身ごもるサクヤを嫉妬したイワナガは
サクヤも短命であるように、と呪いをかける。

そこから、桜は、短命の代名詞ともされる。

今年は新しい命を授かり、初めてのお花見となる。
きっと楽しい花をみられる事でしょう。もう、ハラハラと舞うサクヤの涙も色づいて、
椿山荘では賑やかにさくら祭りが行われる事を楽しみに、待っている。

泣いたりしない。
例え心が泣いたって、昼にいけばランチバイキング、夜に行けば夜桜バイキング
こうして日々日常を乗り越えて私にできた家族のため、私は笑う。
サクヤの涙がピンクに見えたら、私は明日も、生きていける。
※…珍しくノンフィクションです。

=========
☆赤ちゃんとおでかけ情報@フォーシーズンズホテル椿山荘東京さくら祭り

色づく桜に周囲の許容範囲も広くなるお花見。
赤ちゃんの情操教育と色彩の認識能力にも、是非、お花見を!!
フォーシーズンズホテル椿山荘東京で宿泊した際、赤ちゃんも一緒だと
ベビーベッド、ぬいぐるみ、ベビーローション、ベビーシャンプー、ガーゼキット
ボトルウォーマー、 哺乳ビンなどの各種備品を用意してくれている程なので
赤ちゃんいてもカムカムウェルカム
この機会に是非、ワンランク上のお花見へGOです。
(酔っ払いに絡まれる事もないし安心です!!
場所は宴会場なのでそこまで気負いせずでも大丈夫!!)



■ランチバイキング1/25〜4/13■

お料理:和・洋バイキング ドリンク: フリードリンク(ソフトドリンク)
時間: 【受付時間】 11:30 【開場時間】 12:00〜13:30
※日によって開場時間が異なる場合有。予約時に要確認

料金: 大人 4,000円(3,700円) 小学生 2,500円(2,300円)
    幼児(3歳〜) 1,500円(1,300円) ※()内はネット割引
    ※3歳未満無料
※3月22日(土)〜4月6日(日)は大人4,500円(4,200円)
※税金・サービス料込み
※予約制 電話の場合:03-3943-1140

■夜桜バイキング1/25〜4/13■

お料理:和・洋バイキング
ドリンク: フリードリンク(ビール、赤白ワイン、焼酎、ソフトドリンク)
時間: 【受付時間】 18:30 【開場時間】 19:00〜21:00
※日によって開場時間が異なる場合有、予約時に要確認

料金: 大人 7,000円(6,500円) 小学生 3,000円(2,800円)
    幼児(3歳〜) 2,000円(1,800円) ※()内はネット割引。
    ※3歳未満無料
※税金・サービス料込み
※予約制 電話の場合:03-3943-1140

テーマ : 散策・自然観察 - ジャンル : 趣味・実用

07:46  |  詩・エッセイ  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | HOME |